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島津忠義公の銅像

Statue of Shimadzu Tadayoshi

 

島津忠義公の銅像の場所 

住所 鹿児島県鹿児島市照国町
地図リンク マピオンマップ GPS E=130.33.9 N=31.35.29

島津 忠義(しまづ ただよし、天保11年(1840年)- 明治30年(1897年))は、日本の武士・薩摩藩の第12代(最後の)藩主で、島津氏第29代当主。官位は従一位、大隅守。勲等は勲一等。

初名は忠徳であったが、将軍徳川家茂の偏諱を賜り島津茂久(もちひさ)と名乗る。「忠義」は維新後の慶応4年1月16日に改名した名。幼名は壮之助。通称は又次郎。
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島津忠義公についての詳しくはWikipediaなどを参照願います。 Shimazu Tadayoshi (en.wikipedia.org)


島津忠義公像 Statue of Shimadzu Tadayoshi


島津忠義公の銅像 01 島津忠義公の銅像 02

島津忠義公の銅像 03


島津忠義は天保11年(1840年)島津久光の長男として生まれました。
島津家第28代斉彬の遺言によって斉彬の娘と結婚、薩摩藩主となり、祖父の斉興、父の久光の補佐を受けながら、藩政改革と陸海軍の充実に努めました。
文久2年(1862年)の久光の率兵上京、藩政改革、生麦事件、薩英戦争には藩をあげて行動するとともに、薩英戦争後イギリスとの関係改善を図り、五代友厚などの使節団や留学生を派遣して人材育成を図るとともに、日本最初の紡績工場をつくるなど、集成館事業の充実に努めました。
明治維新後には、長州藩、土佐藩、佐賀藩などと共に、進んで版籍奉還を行い、鹿児島藩の知事
後に貴族院議員となります。
明治30年(1897年)、58歳で没しますが、父・久光と同様に国葬が行われました。(現地案内板より)


この探勝園内にある島津忠義公、島津久光公の銅像および隣接する照国神社側にある島津斉彬公の銅像は、大正6年(1917)彫刻家の朝倉文夫(1883〜1964)によって作成されたものです。



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