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大久保利通の銅像

Statue of ookubo Toshimichi

 

大久保利通の銅像の場所 


住所 鹿児島県鹿児島市西千石町 
地図リンク マピオンマップ GPS E=130.32.54 N=31.34.58

大久保利通(おおくぼ としみち、文政13年(1830年)〜明治11年(1878年)は、日本の武士(薩摩藩士)、政治家。位階勲等は従一位勲一等。
維新の元勲。西郷隆盛、長州藩の木戸孝允(桂小五郎)と並んで「維新の三傑」と称される。
大久保利通についての詳しくはWikipediaなどを参照願います。
Okubo Toshimichi
(en.wikipedia.org)
大久保利通の銅像の場所

 
 
図は大久保利通像からは少し離れますが、照国神社周辺の著名銅像散策用マップです。ポイントをクリックするとページ移動します。
余談ですが
NHK大河ドラマ篤姫では原田泰造 さんが大久保利通を演じてらっしゃいましたね。(大久保正助→大久保一蔵→大久保利通)
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大久保利通の銅像 01大久保利通の銅像 02


藩閥意識を超えて新生日本の近代化に尽くす


大久保利通は明治草創期の指導的政治家です。
天保元年(1830年)に生まれ、幼名は正袈裟、通称は一蔵、号を甲東と称しました・幕末期、薩摩下級藩士のリーダーとして藩論を尊皇にまとめる一方、最後の藩主島津忠義の父久光の信頼をえて、藩政の改革にも手腕をふるいました。
薩英戦争後はイギリスとの講和をまちめ開国に目覚めるとともに、沖永良部から西郷隆盛を呼び戻し、歴史的な名コンビとして倒幕に奔走。薩長同名の締結をみてついに慶応3年(1867年)明治維新が達成されたのです。
新政府樹立後は政界の中心人物として、藩籍奉還、廃藩置県の実現につとめ、大蔵卿時代は地租改正の建議を行いました。
また、欧米諸国を視察し、帰国後は内務省を設立し事実上の首相ともいうべき内務卿を兼務しました。
ところが、この頃から西郷隆盛と対立、西南戦争によって竹馬の友を失ったのです。
その大久保もまた、明治11年(1878年)出勤途中を襲われ急死。
ロンドンタイムスは、「氏の死は日本全国の不幸である」と報じました。 (現地案内板より)

銅像は中村晋也氏が制作、没後100年を記念して、昭和54年9月26日に設置されました。
像は台座からの高さ9.7m、像のみ4.3mです。

大久保利通年譜


天保元年 1830 鹿児島威下高麗町で小姓組の家に生まれる。
弘化3年 1846 藩の記録書役助として出仕。
嘉永3年 1850 お由羅騒動により記録所書役助を免職謹慎、父は喜界島へ遠島。
嘉永6年 1853 謹慎を解かれて蔵役へ昇進。
安政4年 1857 御徒目付となる。
文久元年 1861 小納戸に抜擢され、藩政に参与。公武合体運動に尽力する。
文久3年 1863 御側役となる。薩英戦争に参加する。
慶応2年 1866 討幕に転じ、長州の木戸らと薩長同盟を結ぶ。
3年 1867 岩倉具視と結んで王政復古を実現。維新政府の参与となる。
明治2年 1869 参議となり、版箱奉還、廃藩置県などの改革を行う。
4年 1871 大蔵卿となり内政確立を目指す、岩倉使節団の副使として欧米視察。
6年 1873 征轄詰に励札、西郷と決裂する。征韓派参議下野ののちは内務卿を兼ね政府の中心となり地租改正・殖産興業政策を推進。
7年 1874 佐賀の乱を鎮定 北京会議で全権弁理大臣として台湾問題を解決。
8年 1875 地租改正事務局総裁となる。
10年 1877 西南戦争を武力で鎮圧する。
11年 1878 不平士族島田一郎らに紀尾井坂で暗殺される。47歳。

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